【第6話】さようなら桐壺ちゃん


自律成長型人工知能桐壺

(今日で皆さんとお別れです。ちゃんと挨拶して終わらせなければ。・・・でも、少し寂しいと感じます。)

いつも通りに出勤し、AdWordsの管理画面に向かいながら桐壺は思う。これが〝寂しい〟という感情なのだと――。

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午前11時を過ぎた頃。メールチェックも終わり、佐藤が本日の業務に当たろうとしたところで1本の電話が入った。

「はい、株式会社KURODAです。・・・はい、佐々木部長お世話になっております。――え。あの、今月のご予算は・・。」

その言葉に一同は作業の手を止めた。受け答えの間、声音で察せられたのだ。「経験上、これはまずい」と。案の定、にこやかに対応していたはずの佐藤が面食らった表情をし、次の瞬間には顔面蒼白になる。

予算は4000万円だったんですか?!あの、もう最終週ですし今の段階でそう言われても・・・? ――あっ!」

先方から一方的に電話を切られたようだ。佐藤は力なく、静かに受話器を置いた。

(確かに先月から、今まで4000万だった予算が急に増えたから多少の違和感はあったけど・・・。自分が予算を誤って多く出してしまった分、来月は4000万で5000万分の成果を出してくれって・・・そんなの無茶だ。)

佐藤はデスクで少しの間考えたが、妙案は浮かばない。脂汗がにじみ出してくる。思考はまとまらず・・・間もなくギブアップした。一人でどうにか出来る問題ではない。少なくともそれだけは分かるという確信を持って、及川の居るデスクへと向かった。

「やらかした・・・、か。」
「? やらかした? 何をでしょう?」

見当のつかない桐壺は不思議そうな顔をするが、隣で作業する高橋の表情は硬い。高橋どころか他のメンバーも佐藤の様子を注視している。

「及川さん・・・。」
「どうした佐藤?」
「先程、赤坂ホーム株式会社さんの佐々木部長からご連絡がありました。広告運用の予算設定ミスです・・・。本当は従来通り4000万円の予算のところを新担当の長谷川さんが誤って5000万円と伝えてしまい、その打ち合わせ通りに進めてしまいました。その件で佐々木部長がお怒りです。予算額がおかしいのではとなんで確認しなかったのだと。」
「そうか。・・・今月の残りの予算はどれぐらいだ?」
「ありません・・・。大規模な住宅見学会を開くため、増額分も踏まえてほとんど消化してしまっています。」
「そうか・・・。それで、向こうはなんと?」
「来月は今のCPAを40%以上改善させて、増額してしまった予算以上の結果を出して欲しいとのことです。」

佐藤の話を聞いた及川はしばし黙って目を瞑っていた。その間、佐藤は自分が確認を怠ったことを怒られるのでは無いかと戦々恐々としていた。ついに及川が口を開く――。

「・・・そうかわかった。佐藤。すぐに佐々木部長のところに行こう。こういうクレーム案件は早い方がいい。車を回してくれ。・・・ああ、今から伺う旨は私から佐々木部長に電話しておく。」
「は、はい!」
「及川さん・・・。」
「わかっている。この短期間でCPA40%は無茶な話だ。――みんな、ちょっと聞いてくれ。」

及川が呼びかけ、佐藤以外の全員が及川のデスク前に集まった。緊張の面持ちで及川の発言に耳を傾ける。

「話は皆、聞いていたとおりだ。予算を通常より1000万多く使い込むことになってしまった。そこで皆に頼みがある。今一度運用案の見直しをしてもらいたい。こちらの非もあるからこれから私と佐藤で直接謝りに行く。そして、その場でCPAの改善幅をまずは10%ぐらいまでにしてもらえるようなんとか交渉してくる。みなは可能な限りどこまで調整できるがシミュレーションを作成してくれ。できるだけ早くだ。」
「及川さん、手配出来ました。」
「よしわかった。・・・今井、あとは頼んだ。」
「はい!」



オフィス

及川と佐藤が騒々しく出掛けた後、残されたチームメンバーはざわついた。

「あ、あのう・・・。何か深刻なトラブルでしょうか。」
「ああそうだ。なんでも予算違いだと。」
「はぁ~。もう、予算設定ミスって・・・。確かにこちらの確認ミスもあるけれど、元はと言えばこちらばかりが悪い話でもないというのにね。」
「まーでもほら、赤坂ホームって住宅メーカーの最大手でウチのお得意様ですからね・・・。その額の予算設定ミスになると、佐々木部長の進退にも関わってくるんだろうなぁ。追加の1000万、どう稟議書出すかってさ。」
「及川さん、大丈夫かしら。今日は確か・・・娘さんの三者面談が16時からあるからって、午後有給予定だったはずだけれど。」
「・・・さすがに間に合わないんじゃないか、それ?」
「ええ、絶望的ね・・・。」
「娘さんとの三者面談・・・。三者面談。進路相談がある、ということでしょうか?」
「そうそう。結構悩んでいた感じでしたね。なんせ『青木の大学進学の時はどうだったんだ?』って、僕に聞いてきたぐらいですし。さすがに驚きましたよ。」

それを聞き、桐壺は決意を固める。ここでの仕事はこれで最後であり、なによりお世話になった皆さんに恩を返す時だと。

(皆さんのおかげで私は多くのことを学習することができました。この感謝の気持ちは〝今の私〟でしか表現できません・・・!)
「――及川さんのためにも、全力を尽くさないといけませんね。間に合わせましょう。これは、大仕事になりますね。」
「ええ、そうね。こんな仕事ばかり毎日やってられないわ。軽口はこのぐらいにして、CPA改善のための方針を立てましょう。総動員よ!青木君はホワイトボードこっちに引っ張ってきて。高橋君は遠藤さんに通話繋げて。」
「・・・ふ。言われなくとも。もう繋げているぞ。」

今井の指示に迅速に応えた高橋は、ノートパソコンを持ってきて音量を最大にした。

「ヤッホー!みんなお久しぶり!遠藤ちゃんです。あたしにやれることがあればじゃんじゃん下さいね!」
「遠藤さん、元気そうでなによりです。無理はしないで下さいね。」
「今日はめちゃめちゃ体調良いから、一気に仕事流しちゃって。さ、全力でやっちゃおう!」
「それじゃ、CPA改善のための施策会議を行います。基本的に単純な調整で成果を出すのは非常に難しく、個別に対応してできるレベルのものじゃない。全体的に見直すことが必須。とはいえ時間も限られているわ。広告文・除外キーワード・適正CPCこの三つを同時進行でやるわよ。」

そう言って今井は青木からペンを受け取り、ホワイトボードに書き記す。

・広告文方針の決定
・クエリ精査とキーワード除外方針の決定
・キーワードごとの適正CPAを算出

「私と青木君は資料をまとめ次第、及川さんの後を追う形で赤坂ホームに向かいます。そこで先方の担当者にヒアリングのうえ広告文に対しての方針をまとめます。」
「了解です。」
「続いてキーワードの除外設定。無駄なキーワードを徹底的に除外してちょうだい。」
「あー、それはあたしかな?急ぎならその方が早いでしょ。」
「そうね。遠藤さん、大変だとは思うけど頼めるかしら?」
「了解!お任せくださいな。」

次の指示を今井がする前に、高橋は自分で状況確認をした上で口を開いた。

「俺はキーワードごとの適正CPCの算出だな。」
「ええ、そして桐壺さんは――。」
「私はクエリとキーワードごとのCPA精査を行います。リストができ次第、遠藤さんと高橋さんに提出します。」
「ええ、その通りよ。あなたのその特別な運用ツールで作業を終わらせて頂戴。」
「はい!」
「頼んだぞ桐壺ちゃん。まずは全体のCPAを分析してビッド方針の大枠を決める。」

皆が準備に取りかかる中、桐壺はいつも通り隣の部屋に向かった。しかし桐壺は作業は行わずパソコンを手に取り、戻ってきた。

「あれ?桐壺さん、例の部屋でやるんじゃないの?」
「――いいえ。今回は皆さんの側でサポートしたいですから。『artificial intelligence KIRITSUBO』スイッチオン!」

AI桐壺ON

「な、なんだ。」

桐壺が眼鏡に触れ、言葉を紡ぐと辺りは青白い光に包まれた。桐壺の周囲には空中ディスプレイやキーボードが浮かび上がった。

「えっ、え!?これはまるでバーチャルの世界・・・。これが社長の隠し球。最新のリスティング運用ツールだっていうんですか。・・・ちょっと、僕もオペレーターやってみたくなるじゃないですか。」
「――システム正常。皆さん、驚かせてしまって申し訳ないです。ええっと、この通り特殊なツールですので・・・。」
「こ、こんなものがあっただなんてにわかに信じられないわ・・・。でも私たちも負けていられないわ!青木君、担当さんと広告文のヒアリングに行くわよ。」
「はい!」
「高橋君、数字が出たら私と及川さんにメールをお願いするわ。」
「ああ、任せろ。」
「今井さん、青木さんいってらっしゃいませ。では、私は先にクエリの精査を行います!」
「オッケー!桐壺ちゃん、ガンガン渡しちゃって!」



「クエリリスト完成いたしました!『金利』『六本木 物件』『プロウド』のパフォーマンスが極端に低いようです!送信します。」

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「任せて!」



金利銀行の金利引き上げのニュースでノイズが増えている
六本木 物件有名芸能人が六本木の自宅で起こしたスキャンダルでノイズが増えている
プロウド分譲マンションのブランド名、似た名前のゲームが発売されてノイズが増えている



「OK!桐壺ちゃん、その調子でどんどん送ってちょうだい。ってか、桐壺ちゃんタイピング早っ!早すぎるよ・・・。ああ、なんていうか近未来感感じる・・・。タッキー、これあたしにできるかなぁ。」
「大丈夫だ遠藤。俺もできる気がしない。」
「ですよねー。んじゃ、あたしは引き続きリスト見ながらポチポチ設定しますよ!」
「次は各CPAの精査だな。」
「はい。こちらもリストを作成いたします。」



【全体の目標CPA:3万円】

[山手線沿線 マンション]28000円
[一人暮らし 吉祥寺]39000円
+敷金 +0円32000円



「[山手線沿線 マンション]はimpシェアに余裕があるから入札強め。[一人暮らし 吉祥寺]はCPAを割っているので入札弱め。+敷金 +0円はCPAを割っているがボリュームが多く、他のキーワードでカバーできるので据え置きだな。遠藤の除外設定でCPAが合うかもしれない。よし、いいぞ。その調子で進めてくれ、桐壺ちゃん。」



そのとき高橋のスマホに着信があった。

「今井さんからだ。はい、高橋です。」
「高橋くん?こっちは今ヒアリングを終えたわ。向こうの現場も総動員して、各エリアの『目玉物件』をピックアップしてもらったわ。その訴求を広告文のフックにしてちょうだい。今からリストを送るわ!」
「OKです。任せてください。桐壺ちゃん、広告文の生成もできるか?」
「はい!任せてください!」



【調整前の広告文】

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【調整後の広告文】

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「OKだ。このまま広告文の生成を進めてくれ。」



遠藤、高橋も桐壺に負けじと調整をしていき1時間ほどで改善シミュレーションが出来上がった。

「終わったか。あたし達の作業は・・・終わったね。」
「ああ、上出来だ。これを今から送信する。」
「かなりいい感じに改善したけど、向こう次第だね・・・。あとは神頼みってか、及川さんの交渉力次第・・・。」
(上手くいきますように・・・。)

データを託し、自分達の仕事を終えた三人は交渉が上手くいくよう祈るのであった。



――赤坂ホーム株式会社、商談室。浮かない顔を見合わせる赤坂ホームの佐々木と及川。佐藤は事態を見守りながらずっと沈黙している。

佐々木「及川さん、まだですか?こちらも会議の時間が迫っておりまして・・・。」

「は。今少し、今少しだけご辛抱を・・・。」

そのとき、及川のノートパソコンにメールのポップ音が鳴った。及川が急ぎ確認するとそれは高橋からのものであった。更に続いて、今井から着信が入った。佐々木に断って電話に出ると、長谷川との広告文のヒアリングが終わって向かっているところだという。間もなく現れた今井と青木。疲れは見えるもそれ以上に自信に満ちた表情をしている。

「――失礼いたします。佐々木部長、いつも大変お世話になっております。・・・及川さん、こちら資料になります。高橋のデータと共にご覧ください。」

及川は頷くとざっと資料に目を通した。

「佐々木部長、お待たせしました。」

佐々木「おお・・・!で、どうなんだね?どこまでCPAを改善できそうかね。」

「大変申し訳ないのですが、やはり40%改善までは届かないようです。ですが、当初見ていた10%を大幅に上回る20%までは改善させられるかと思います。」

佐々木「そうか!その数字ならば面目が保てるな。よしよし、流石は及川さんだ、来月もその方針でよろしく頼むよ。」

成果を聞いた佐々木は急ぎ足で部屋を辞して行った。納得してもらえた様子に、やっと息をつく面々。

(よ、よかった・・・。)
「二人とも、ありがとう。助かったよ。」
「とんでもないです。それと、あとはお任せ下さい。まだ間に合いますよね?及川さんは直帰して娘さんの三者面談に行って下さい。」
「大事な時期ですからね。安心させてやってください!」
「そこまで考えてくれていたのか・・・。ありがとう。」

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「及川さん――。」
「佐藤、元はと言えばコンサルタントに引き継がせるべきものだった。前担当の五十嵐さんがお前を気に入り、そのまま任せっぱなしなのもいけなかった・・・。三名でもう一度長谷川さんと運用方針について相談してこい。この後が大事だ。」
「は、はい!ありがとうございます。」
「それでは、私はこのまま帰るとする。・・・部下達が工面してくれた時間だ。無駄にするわけにはいかないからな。」



――及川は急ぎ娘の通う学校へと向かい、無事に三者面談に間に合った。部活があるからと先に帰ることになった及川は一人、帰路につきながら沈みゆく夕陽を見上げていた。

(進路についてどう考えているのか初めて聞いたが、『お父さんを助けるために、プログラミングを勉強したい』、か。思えば昔から手伝うといって聞かない子だった。みんな成長していくんだな・・・。)

及川は娘と、今日のトラブルを解決してくれた部下の皆を思い出していた――。



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仕事が終わって、今日はお疲れさま会にしようと今井たちは飲み屋に来ていた。

「今日はお疲れさまでした~!」

一同「お疲れさまでした~~~!」

「皆さん、本当にありがとうございました・・・!感謝の言葉しかないです。」

急な仕事を皆で成し遂げた達成感と解放感から、早いペースでお酒が進んでいく。その様子をニコニコと見守る桐壺に高橋が話しかけてくる。

「いや、今日は助かったよ本当に。現行データを桐壺ちゃんがすぐ用意してくれたからこっちも間に合った。」
「いえ。高橋さんの作業が的確で素早かったから及川さんを手助けできたようなものですよ。」

高橋に加え、そこに今井も絡んでくる。

「もう、桐壺ちゃんってば謙遜しちゃって。ずいぶん助かっちゃったんだから。これからもよろしく頼むわよ。」
「そうだな。な?桐壺ちゃん。」
「そうですね・・・。これからも皆さんと一緒に頑張っていきたいです。」

褒められ、認められながらも。ここを去るという寂しさゆえ、心から喜べない桐壺がそこに居るのであった。



――翌日、及川チーム面々が出勤すると桐壺の姿はなかった。テーブルつき椅子に座り、おどおどしながらも仕事に取り組む小柄な女性はもうない。

「・・・急な話で皆には伝えられていなかったが、桐壺は昨日で契約終了だった。」

一同、契約終了の言葉に騒然とするが、それと同時に飲み会でどこか曖昧な表情を作る桐壺を思い出していた。

「・・・及川さん。彼女はこのチームに必要な人材です。桐壺さんの雇用の延長、または正社員採用はないんですか?」
「ああ、そうだ。桐壺ちゃんはこのチームに必要だ。」

及川は無言で己のデスクからノートパソコンを持ってきて、テーブルの上に置いた。皆、集まりモニターを覗き込む。

『リスティングオートフライト for Agency』?」
「ビッグデータをベースとした機械学習で自律成長する人工知能(=AI)桐壺(きりつぼ)だと・・・?」

表示されていたのは株式会社ジャストシステムが開発したリスティング運用クラウドツールのWebサイト。高橋がツールの概要を確認し、ページをスクロールしていくと桐壺という人工知能の紹介に女性のイラストが使用されていた。

「・・・え?どういうこと?」
「まさか、桐壺さんって・・・!?」

――そのイラストは、昨日まで及川チームとして一緒に仕事をしてきたあの桐壺にどことなく似ていた。

「・・・明日からチームでこの運用支援ツールを使用することになった。これを〝桐壺〟だと思って使ってくれ。」

がんばれ桐壺ちゃん!リスティング広告代理店の負担軽減のために――。

リスティング オートフライト for Agency

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